プロフィール

Rayco
name
れいこ (本名/藤宮礼子:フジミヤレイコ)

「“光を共有する者”でありたい」という願いをこめて、本名を、Ray(光線)+co(「共同」「共通」「相互」「同等」を意味する接頭語)と表記しています。

■ 経歴(スピリチュアル関連)

2005年 アデプトプログラム受講(MMS)
2006年 直傳靈氣療法士(直傳靈氣研究会)
2007年 ティーチャー および リチュアルマスター受講(MMS)
2008年 カバラ1~4修了(MMS)
マルセイユタロット初級および中級クラス受講(イシス学院)
2009年 フォーカシングアドバンスコース修了(ABCフォーカシングセンター)
エンソフィックレイ・ヒーリング レベル3修了(エンソフィックレイ協会)
直傳靈氣師範格取得(直傳靈氣研究会)
2010年 セレスチャル・チャネリングスクール修了(MMS)
2011年 ガイド任命(MMS)
2013年 直傳霊氣師範取得(直傳霊氣研究会)

少し長いですが、私の半生をまとめてみました(お時間のある方はどうぞ)

生い立ち

私は、高度経済成長期の首都圏郊外(神奈川県)で生まれ育ちました。
サラリーマンと専業主婦だった両親は私を大事に育ててくれましたが、私が求めていた愛情と、親が私に求めた期待は完全にすれ違っていました。
私は、容貌も十人並みだし、学校の成績も良くなく、運動も苦手でした。絵が上手いとか、音楽の才能があるとかそういうこともまったくありません。
しかも、親や大人に対して従順であるとか、健気であるということもありませんでした。でもそれが「私」だったのです。
すべての子どもがそうであるように、私も、ただありのままの自分を愛し、受け入れてくれることを親に求めまていました。
そんな私に対して、親は暴力を振るったり、育児放棄をしたわけではありません。
「わが子のありのままの姿」に失望しながらも、「もっとこうすればいいのに」「もう少し努力をしなさい」と正しいことを言い続けただけです。
それだけのすれ違いが、大きなディスコミュニケーションを生みました。
私は、「ありのままの自分でいてはいけないんだ」という思い込みを抱えたまま育ち、家庭や学校など、自分の所属するあらゆる集団に対する違和感、孤独感などを見てみぬ振りをし、やり過ごしながら、生きていきました。

「人はなぜ生きるのか?」

勉強も学校も好きではなかったので、「早く働いてお金を稼げるようになって自由になりたい」と願っていましたが、高校2年のときの社会科目だった「倫理社会」だけは好きでした。
「倫社」の授業では、古今東西の思想家と呼ばれる人たちが、「世界とはどういうところであるか」を論じてきた歴史や内容を学ぶのですが、それは私がずっと考えてきたことでした。
「人はなぜ生まれてくるのか?」
「なぜ生きなくてはいけないのか?」
今まで大人たちに質問をしてもはぐらかされるか、「そんなことを考える暇があったら勉強しなさい」と一蹴されてきたことを、大昔から論じる人たちがいて、それが学問になっていると知り、「こういうことならもっと勉強したい」と、大学は哲学科に進学しました。

哲学、宗教、社会主義運動・・・混迷の学生時代

とはいえ、大学での私は、ごく普通にアルバイトや遊びに明け暮れ、お世辞にも勉強熱心とは言えません。
なぜなら、大学の授業ってすごく退屈だったんです。
「人はなぜ生きるのか?」という私の問いに、プラトンも、カントも、ヘーゲルも、ニーチェもシンプルには答えてはくれません。
ちょうどその頃、私はカトリックの洗礼を受けました。哲学がダメなら、宗教のなかにその答えがあるかも知れないと思ったからです。
また同時に、その頃まだ大学内に残っていた学生運動のグループにも接近し、社会主義についての勉強会にも顔を出していました。
今振り返ると、「こいつは一体何がしたいのか?」と思うような混乱ぶりですが、あのときは、それくらい必死に、「自分はどう生きたらいいのか」を模索していたし、世界について学びたかったんですね。

就職・転職・結婚・出産・離婚

大学を卒業し、就職して実家を出ましたが、子どものときから思い描いていた「働いてお金を稼げるようになれば自由になれる」という期待は見事に外れました。
社会はそんなに甘くないのです。とくに会社という組織では「求められる人物像」があり、それを演じることが必要になります。
そんな窮屈さに根を上げ、ほぼ1年おきに転職するのですが、時代はバブル景気だったので、それなりに仕事はあり、それなりにストレス解消しながらそれなりに楽しく働いてました。
昔から抱いていた社会への不信感、「こんな自分が生きていていいの?」という根本的な苦しみが解消されることはありませんでしたが、仕事や恋愛、友達付き合いや遊びなどがそれを隠してくれていました。
バブルがはじけた頃、妊娠をきっかけに結婚し、仕事を辞めました。子どもを産んだというだけで今までの自分と違った生き方を求められ、今度は「求められる妻像・母親像」に苦しめられました。
良い子、良い生徒、良い学生、良い社会人、良い妻、良い母・・・・私はいつまで誰かの期待に答え続けなければならないのだろうか?
「私は何のために生まれ、生きているんだろう?」
ずっと考え、悩み、苦しんできたことが再び目の前に現れ、それにあぶりだされた根深い劣等感と自分の存在意義に対する不信に絶望しました。

うつ病発症

結婚生活は3年で破綻し、子どもを引き取って実家に戻りました。
子育てをサポートしてもらえる生活は、シングルマザーとしては恵まれていたといえますが、再び始まった両親との生活はストレスフルでした。
幸い、独身時代からしていた広報や刊行物の編集制作の仕事に就けましたが、4年間、派遣社員として勤めた後、独立してフリーランスのライター兼編集者になりました。
あるとき、うつ病について取材する機会があり、精神科医が作ったチェックリストをやってみたら、ほとんどが当てはまっていたのです。
10代の頃からあった自殺願望は、クリスチャンとなり、母親となったことで潜めていましたが、どんなときにも「死ねば楽になれる」という気持ちが心の底に貼り付いていて、不謹慎だと理性ではわかっていても、不慮の事件や事故で亡くなる人がうらやましかったのです。
自分でもどうしようもないこの気持ちは「希死念慮」と呼ばれるうつ病の典型的症状だったとわかったときは、逆に安心したのを覚えています。

スピリチュアルな世界へ

それが今から10年ほど前のことです。うつ病といっても、私の場合はごく親しい人にしかそれを打ち明けることなく、それまでと同じように仕事をし、人付き合いもしていました。
ちょうどその頃、親しい友人の一人が精神世界の勉強を始めていて、そこで学んだいろんなことを話してくれました。
精神世界のワークショップやセミナーでは「人はなぜ生まれてくるのか?」「この地球とはどういう星なのか?」ということをテーマにしているようでしたが、彼女から聞く神様や宇宙の話は、今まで私が触れてきた哲学や宗教の考えとは違って新鮮でした。
正直に言えば、荒唐無稽な話も多かったのですが、その自由な発想やイマジネーションを掻き立てるロマンは私を元気付けてくれました。
気がつくと、私もそういう考え方にだんだん影響を受けるようになり、そのことでずいぶん生きることが楽になっていました。
すべての生きとし生けるものは、肉体だけの存在ではなく、高い次元や宇宙の一部であることを知ることで、目の前で起きている現象の因果関係だけに囚われず、より深い見地でものごとを見られるようになったからです。

アデプト受講、そして・・・

とはいっても、当時の私にとって精神世界の勉強は、あくまでも趣味であり、自分の生活を楽しくしてくれる遊びの延長でした。
2005年にRMMS(現MMS)のアデプトを受けるのですが、それも勧められてから2年以上経ってからのことでした。
なぜなら受講料の5万5千円という金額は、趣味や遊びに使うには高すぎると思っていたからです。
しかし「アデプト」は、私にとってそれまでの人生を覆すきっかけになりました。
「自分の願望が叶いやすくなる」と言われ、何かご利益があればラッキー・・・と思って受けてみたのですが、願いが叶うどころか、その後ちょっとした試練が続いたからです。
昔やった仕事上のトラブルから裁判を起こすことになったり、当時、国会に出されていた「共謀罪法案」に反対する運動に片足を突っ込んで、毎日のように国会前でデモをすることになったり、ひょんなことから難民の方と知り合いになり、彼とその家族が実質的な強制送還をさせられる場面にも立ち会いました。
それから、拙著『親の愛は、なぜ伝わらないのか!?』(宝島社/藤崎りょうの筆名で共著)のモデルケースとなった少年事件の裁判傍聴に足繁く通ったのもこの時期ですね。
この本は2005年に起こった少年による両親殺害事件を取り上げていますので、取材では辛い情報に触れることも多かったです。

スピリチュアルは甘くて生ぬるい?

その渦中では、アデプトで学んだことや精神世界の考え方について、現実逃避的だと考えたり、甘くて生ぬるいと感じたことも何度もありました。
けれども、社会正義だけでは平和が実現できないのも事実。
平和を目指す者同士で、それぞれの信ずる「正しさ」のぶつかり合いが起こってしまうのはなぜか。
「愛が大事」と誰もがわかっていても、それを表わすことができなかったり、受け取れなかったりするのはどうしてか。
そもそも、私にとっての「正義とは?」「愛とは?」
そのときは、これらがアデプトによる影響だとは思いませんでしたが、何度も自分に対して突きつけられたテーマが「自分とは何か?」ということだったのです。
そこで改めて「ありのままの自分」というものがクローズアップされてきたのです。

ヒーラーになる

「ありのままの自分」とは何でしょう? 
禅問答みたいですが、今の私は「私であって私でないもの」と答えたいです。
他人が捉えている「私」(役割・キャラクターなどの自意識)や、自分で思っている「私」(こうありたい理想像・それができないダメな自分などの自己認識)にさんざん苦しめられましたが、そんなことはどうでも良いと思える瞬間こそが「ありのまま」の状態なのです。
それに気付かせてくれたのが「ヒーリング」や「瞑想」などのワークです。
「ヒーリング」とは、一般的に「癒し」と訳されますが、もともとの意味は「全体性を整える」とか「元の状態に戻す」という意味があるそうですね。
ヒーリングのセッションを受けたり、自分でも学んでいくうち、この「全体性」が、いかに目に見えないエネルギーの領域の影響を受けているかということを実感しました。
そして、私も自分が学んだことを少しずつ人様にお伝えしたり、セッションさせていただくようになり、2008年5月、本の印税で「スペース ふくろうの木☆」をオープンさせました。

最後に

「なぜ生まれてきたのか」「なぜ生きなければならないのか」に悩み、「こうでなければならない」「こうしなければいけない」と努力し、それでもそのようにできない「ありのままの自分」を持て余して苦しんできましたが、そのどれもが私の人生を形作り、重要なパーツであると今は思います。
そういう自分の全体性を受け入れて愛することができると、生きることは楽しくなり、世界が味方になります。
あなたの経験は、あなたの感覚、あなたの感受性によってでしか体験できないものであり、それがあなたの人生を形作っています。
あなたにしか受け取ることができないギフトをぜひ堪能してください。

ここまで読んでくださってありがとうございます。
長々と書きましたが、まだまだこれだけでは語りきれないことはたくさんあり、それはぜひセッションでお話させていただきたいと思います。

 

 

「ふくろうの木☆」は、いかなる宗教団体とも関係なく、当サロンで提供するサービスは、医療行為ではありません。